札幌地方裁判所 昭和44年(ワ)1502号 判決 1976年7月30日
原告
清水健語
右訴訟代理人
山本隼雄
被告
佐藤太一
外六名
右被告ら訴訟代理人
富樫基彦
主文
一 被告らが原告から金四〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、
1 被告佐藤栄次郎は、別紙目録(二)記載の土地につき、札幌法務局門別主張所昭和四一年五月七日受付第九八五号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
2 被告らは、原告に対し、別紙目録(一)、(二)記載の土地につき、昭和一七年五月二八日の売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
〔原告〕
主位的請求の趣旨
一、被告佐藤栄治郎は、別紙目録(二)記載の土地につき、札幌法務局門別出張所昭和四一年五月七日受付第九八五号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
二、被告らは、原告に対し、別紙目録(一)、(二)記載の土地につき、昭和一七年五月二八日の売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
三、訴訟費用は、被告らの負担とする。
予備的請求の趣旨
主位的請求の趣旨第二項につき、被告らは、原告に対し、別紙目録(一)、(二)記載の土地につき、昭和三一年四月一六日の売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
〔被告ら〕
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は、原告の負担とする。
第二当事者の主張
〔請求原因〕
一、原告は、昭和一七年五月二八日、佐藤勇から別紙目録(一)、(二)記載の土地(以下「本件土地」ともいう。)を含む沙流郡門別村字佐瑠太五七番地畑(ただし、実際には宅地若干を含む。)四反七畝及び建物一棟を代金二、七〇〇円、その支払方法は、内金一、二〇〇円を即日、残金一、五〇〇円を同年一〇月三〇日に支払うものとし、右支払と引換えに所有権移転登記を受けるとの約定で買い受けた。
なお、右の土地は、その後、別紙目録(三)記載のとおり分割された。
二、原告は、右契約に従い、昭和一七年五月二八日に内金一、二〇〇円を支払い、同年一〇月三〇日、残金一、五〇〇円を提供して所有権移転登記を求めたところ、佐藤勇は、これを拒否した。
三、その後、佐藤勇は、売買代金の増額を要求したので、原告は昭和二一年一一月二二日、同人との間に、残金一、五〇〇円を三、五〇〇円増額して、五、〇〇〇円にすることを合意し、本件土地については、北海道庁長官の許可を受けて所有権を移転し、かつ、その登記をすることになり(昭和一七年当時の農地の売買には、所有権移転についての制限はなかつたが、法の誤解によつてこのように約された。)、原告は、昭和二一月一二月八日、佐藤勇の代理人である根本栄に対し、右五、〇〇〇円を支払つた。
仮に昭和二一年一一月二二日の右合意が別個の売買契約に当たるとしても、佐藤勇が本件土地につき所有権移転に必要な許可を受けて所有権を移転し、かつ、その登記をする義務を負担することに変りはない。
四、北海道知事は、昭和二八年八月二四日、本件土地の所有権の移転につき農地法第三条の許可をし、右許可書は、昭和三一年四月一六日、原告に到達した。ゆえに、原告は、本件土地の所有権を取得した。
五1 佐藤勇は、別紙目録(二)記載の土地につき、札幌法務局門別出張所昭和四一年五月七日受付第九八五号をもつて、同年四月一五日の贈与を登記原因として被告佐藤栄治郎に対し所有権移転登記を経由した。
2 佐藤勇は、当時中風のため口もきけない重態に陥つていたので、同人から被告佐藤栄治郎への右所有権移転登記は、同人の意思に基づかない無効な登記である。仮にそうでないとしても、被告佐藤栄治郎は、原告の権利を侵害する目的で所有権の登記を取得したので、いわゆる背信的悪意者に当たる。
六、佐藤勇は、昭和四一年五月三一日に死亡し、被告らは、同人の相続人としてその権利義務を承継した。
七、よつて、原告は、所有権に基づき、主位的請求として、被告佐藤栄治郎に対し、別紙目録(二)記載の土地につき、請求原因第五項1記載の所有権移転登記の抹消手続をすること及び被告らに対し、上紙目録(一)、(二)記載の土地につき、昭和一七年五月二八日の売買を原因とする所有権移転登記手続をすることを求め、後者の請求についての予備的請求として、被告らに対し、別紙目録(一)、(二)記載の土地につき、昭和三一年四月一六日の売買を原因とする所有権移転登記手続をすることを求める。
〔請求原因に対する認否〕
一、請求原因第一項の事実を認める。
二、同第二項の事実のうち、原告がその主張する契約に従い昭和一七年五月二八日に内金一、二〇〇円を支払つたことは認めるが、その余は否認する。
三、同第三項の事実のうち、原告が昭和二一年一二月八日佐藤勇の代理人である根本栄に対し五、〇〇〇円を支払つたことは否認し、その余は認める。原告は、二、〇〇〇円を支払つただけにすぎない。
四、同第四項の事実のうち、北海道知事が昭和二八年八月二四日本件土地の所有権の移転につき農地法第三条の許可をしたことは認めるが、右許可書が昭和三一年四月一六日原告に到達したことは知らない。原告が本件土地の所有権を取得したとの主張は争う。
五、同第五項の事実のうち、1は認めるが、2は否認する。
六、同第六項の事実を認める。
〔抗弁〕<以下省略>
理由
一<証拠>の結果を考え合わせると、次の事実を認めることができる。
「原告は、昭和一七年五月二八日、佐藤勇から別紙目録(一)、(二)記載の本件土地を含む汐流郡門別村字佐瑠太五七番地畑(ただし、実際には宅地若干を含む。)四反七畝歩及び建物一棟を代金二、七〇〇円、その支払方法は、内金一、二〇〇円を即日、残金一、五〇〇円を同年一〇月三〇日に支払うものとし、右支払と引換えに所有権移転登記を受けるとの約定で買い受けた。右の土地は、その後、別紙目録(三)記載のとおり分割されている。原告は、右契約に従い、同年五月二八日に内金一、二〇〇円を支払つたが、残金一、五〇〇円を支払わず、所有権移転登記もなされないまま終戦を迎えた。その後、佐藤勇は、貨幣価値が下落したことを理由に売買代金の増額を要求したので、原告は、昭和二一年一一月二二日、同人との間に、残金一、五〇〇円を三、五〇〇円増額して五、〇〇〇円にすることを合意し、その際、右五、〇〇〇円は、売買契約の目的物たる土地及び建物の所有権移転登記と引換えに支払うこと、ただし、畑(本件土地)については、農地調整法第四条の許可を受けて所有権移転登記をすること、佐藤勇に財産税が賦課されるときは、右土地及び建物の分につき区分して原告が負担することが約された。右約定によつて原告が負担すべき財産税は、約九〇〇円である。すなわち、昭和二一年三月三日現在、佐藤勇の財産税の対象となつた財産の評価額合計は、二三万八、四〇〇円であつたが、右財産に対する財産税は、その評価額に対し基礎控除一〇万円、税率一〇〇分の二五で三万四、六〇〇円であつたところ、売買契約の目的物たる土地及び建物の右同日現在の評価額合計は、これを認め得る的確な証拠がない以上、取引価格たる六、二〇〇円であつたと認めるのが相当であるから、原告が負担すべき財産税は、右各金額から比例計算すれば、約九〇〇円となる。原告は、昭和二一年一二月八日、佐藤勇の代理人である根本栄に対し、内金二、〇〇〇円を支払い、そのころ、売買契約の目的物たる土地の一部(別紙目録(三)記載の土地のうち、番号一、二、七及び一〇の土地)及び建物につき、所有権移転登記及びその引渡しを受け、昭和二三年一二月、右土地の一部(右番号一のうちの二二坪二勺及び番号二の土地)及び建物を石谷秀一に転売し、同年一二月から昭和三四年一一月までの間、前後五回にわたり、代金合計三一万〇、三〇〇円の支払を受けた。ところで、本件土地の所有権の移転については、昭和二一年一二月一二日、原告及び佐藤勇から農地調整法第四条の許可申請がなされたが、昭和二二年五月二日に却下され、それ以後数年間は、右両名間に売買残代金三、〇〇〇円及び原告の財産税負担約九〇〇円の支払や再度の許可申請などについての話合いがなく、昭和二四年ころまでは原告、同年ころ以降は佐藤勇が、それぞれ本件土地を管理していた。ちなみに、佐藤勇及びその相続人である被告佐藤太一、同佐藤栄治郎らは、現在に至るまで本件土地に対する税金などを支払つているが、原告は、税金はもとより、売買代金及び原告の財産税負担分を支払わず、その履行の提供をしたこともない。昭和二八年四月二日、原告及び佐藤勇の知らない間に、大野茂吉司法書士において右両名から預つていた書類を使用して、本件土地の所有権の移転につき農地法三条の許可申請がなされ、同年八月二四日、北海道知事の許可があり、昭和三一年四月ころ、原告は、このことを知つた。それ以降、原告は、佐藤勇に対して本件土地の所有権移転登記手続及びその引渡しを強く要求するようになつたが、佐藤勇は、土地の価格が高騰したことを理由に売買代金の増額を要求したり、売買契約は解除されていると主張して、これに応じなかつた。原告は、昭和三三年ころ、本件土地に関し所有権移転登記手続請求訴訟を提起したが、原告の訴訟代理人の事情によつて訴訟が擬制取下げとなり、紛争解決に至らなかつた。佐藤勇は、本件土地の一部である別紙目録(二)記載の土地につき、札幌法務局門別出張所昭和四一年五月七日受付第九八五号をもつて、同年四月一五日の贈与を登記原因として被告佐藤栄治郎に対し所有権移転登記手続を経由している。佐藤勇は、昭和四一年五月三一日に死亡し、被告らは、同人の相続人としてその権利義務を承継した。
<証拠判断省略>
なお売買代金の支払の有無につき補足して説明すると、証人根本栄(第一、二回)、同大野進の各証言によつて成立を認める甲第一三号証は、昭和三二年五月二〇日付大野茂吉司法書士作成の証明書であるが、これには、「右不動産(本件売買契約の目的物たる土地及び建物のこと)の売買による代金五千円を昭和弐拾壱年拾弐月八日当事務所において立会人鈴木末吉立会のもとに買主清水健語より立会人根本栄に全額支払したことを証明します」との記載があり、末尾には、昭和四〇年五月二三日付で、「大野氏の証明通り金五千円也は佐藤勇殿に渡したること確実であり証明致します」との根本栄の添書きがある。しかし、大野司法書士が代金授受の場に立ち会つているにもかかわらず、根本から原告に対して領収証を交付していないということは不自然であるし、また、大野司法書士が、自己の事務所において通常の依頼人の間に行われた代金の授受という日常茶飯事に属する行為につき、一〇年以上も経過しているのに、なお、その日時、金額、それが代金の全額であつたかどうかについてまでも記憶していたかどうか極めて疑わしく、原告本人(第二回)が供述するように、右証明書は、原告が訴訟を提起するに当たり、領収証代りに証拠として使おうと思つて大野司法書士からもらつたものであることをも考えると、その信用性は乏しいものといわざるを得ない。次に、証人根本栄(第一、二回)は、前記添書につき、原告がせつかく洞爺まで訪ねてきて書いてくれと頼んだので、自分としては記憶がなかつたけれども、原告に言われるまま書いた旨供述しており、しかも、証人根本栄の証言(第一、二回)によつて成立は認める乙第九号証は、昭和四五年九月九日付根本栄作成の証明書であるが、これには、「この売買契約の代金五千円は宅地及び建物分として金弐千円支払われたのみで畑の分の代金は未払であることを証明します(昭和二十一年十二月頃と記憶致します)」との記載があり、根本証人の供述内容は、極めてあいまいであつて、結局、支払われた金額やそれが代金の全額であつたかどうかにつき正確な記憶がないというものなのである。これらの事情を考え合わせると、根本の添書も、その信用性が乏しいものというべきである。原告の主張に沿う原告本人尋問の結果(第一、二回)は、これを補強すべき領収証その他の的確な証拠がないこと並びに<証拠>の結果に照らし、たやすく措信できない(付言するに、原告は、前掲甲第九及び第一〇号証の各一・二、第一四号証、第一五号証など被告佐藤太一から原告にあてた古い手紙や原告から佐藤勇にあてた古い手紙の控えを保存しており、馬の売買などで取引の経験も多く、用意周到な注意を払う人と思われるのに、原告本人(第一、二回)が供述するところによれば油断できない相手方ともいうべき佐藤勇に対し、まだ本件土地の所有権の移転につき許可がなく、したがつて、その登記もなされていない段階において、当時として多額の代金全額を領収証も受け取らないで支払うということは、まことに不自然なことであつて、その事実の存在を強く疑わせるのである。)。したがつて、昭和二一年一二月八日に支払われた代金額については、被告らが認める二、〇〇〇円と認定するほかはない。
二被告ら主張の債務不履行による契約解除の事実については、<証拠>中に、原告に対して財産税負担分の支払を催告したり売買契約を解除した旨の記載及び供述があるが、その内容があいまいであること及び原告本人尋問の結果(第一回)に照らし、たやすく措信できない。また、被告らの合意解除の事実については、これを認めるに足りる何らの証拠もない。
三第一項において認定した事実によれば、本件土地は、昭和一七年五月二八日に佐藤勇から原告に対して売り渡された物件の一部であり、昭和二八年八月二四日には、その所有権の移転につき農地法第三条の許可があり、佐藤勇は、原告に対し、本件土地の所有権移転登記義務を負つていたところ、この義務を履行しないで昭和四一年五月三一日に死亡し、被告らが同人の相続人としてその権利義務を承継したのであるから、被告らは、原告に対し、別紙目録(一)、(二)記載の本件土地につき、昭和一七年五月二八日の売買を原因とする所有権移転登記手続をなすべき義務がある。もつとも、佐藤勇は、本件土地の一部である別紙目録(二)記載の土地につき、札幌法務局門別出張所昭和四一年五月七日受付第九八五号をもつて、同年四月一五日の贈与を登記原因として被告佐藤栄治郎に対し所有権移転登記を経由している。仮に佐藤勇が右土地を将来相続人となるような関係にない第三者に対して処分し、その登記手続までを了した場合には、原告の佐藤勇に対する右土地についての所有権移転登記請求権は、履行不能によつて消滅すると解するのが通常である。しかし、本件の場合のように、それが将来相続人の一人となる者に対して処分されたような特別の事情があるときは、その相続人は、被相続人の所有権移転登記義務を承継する関係にあるから、処分者たる被相続人の右義務は、処分後においても依然として消滅せず、被相続人が死亡したときは、相続人がその義務を承継して履行義務を負うと解するのが相当である。したがつて、被告らは、別紙目録(二)記載の土地についても、原告に対する所有権移転登記義務を負うし、更に、被告佐藤栄治郎は、右土地につき、一たんは有効に所有権を取得したものであるとしても、贈与者たる佐藤勇が死亡したことにより、相続によつて同人の原告に対する所有権移転登記義務を承継し、その義務の履行として、前記所有権移転登記を抹消しなければならない。
四被告らは、原告の有する本件土地に対する所有権移転登記請求権が信義誠実の原則に照らして失効した旨及び事情変更の原則による契約解除を主張するところ、本件土地の価格が契約締結時のそれに比べて当事者の全く予見し得ない程高騰していることは、公知の事実である。しかし、この事実を考慮しても、第一項において認定した諸般の事実を考え合わせるときは、原告の有する所有権移転登記請求権が失効するとは考えられないし、また、契約の内容を後記のとおり一部修正してもなお本件売買契約を締結した目的が達せられないような事態になつているとも考えられず、右契約による拘束から当事者を完全に離脱させるための解除権が発生したことを認めることはできない。したがつて、被告らの前記主張は、いずれも採用できない。
次に、被告らの事情変更の原則による代金増額の請求につき考えるに、当事者の責めに帰すべからざる事由による土地価格の高騰、貨幣価格の著しい変動の結果、現時点において本件売買契約に文言どおりの拘束力を認めることは、信義の原則に反する結果となることが明らかである。ゆえに、被告らに対して本件土地の所有権移転登記義務を履行させるためには、これと同時履行の関係にあると認められる売買残代金三、〇〇〇円及び原告の財産税負担分約九〇〇円の金額を適正に増額変更すべきである。そこで、その金額につき検討するに、被告佐藤栄治郎本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件土地(約八八一坪)の時価は、少なくとも坪当り八、〇〇〇円以上であることが認められ、このことと、本件売買契約の目的物たる土地(本件土地を含めて一、四一〇坪)及び建物の売買代金六、二〇〇円のうち、約半額の三、二〇〇円が支払ずみであること、本件土地の価格の高騰は、原告や佐藤勇らの本件土地に対する寄与によるものではなく、社会経済事情の変遷によるものであること、その他本件に現われた諸般の事情を考慮して、前記売買残代金及び原告の財産税負担分の金額を四〇〇万円に増額変更するのを相当と認める。
五以上によれば、被告らが原告から四〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、被告佐藤栄治郎は、別紙目録(二)記載の土地につき、前記所有権移転登記の抹消登記手続を、被告らは、原告に対し、別紙目録(一)、(二)記載の土地につき、昭和一七年五月二八日の売買を原因とする所有権移転登記手続を、それぞれしなければならない。
よつて、原告の本訴請求は、右認定の限度で理由があるので認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(安達敬 佐々木一彦 古川行男)
<目録一、二、三省略>